かんそうぶん

一覧は<a href="http://haitenai.nablog.net/" target=brank>こちら</a>
カテゴリ
時代の最先端を最底辺からちら見
時代の最底辺で最先端に右へならえ/一覧 (238)


テキトーにユーザー名決めたら妙なことに
http://haitenai.nablog.net/blog/index.rdf



2012年5月
   
18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

新着エントリ
今敏追悼マラソン初日の3 (9/10)
今敏追悼マラソン初日の2 (9/3)
今敏追悼マラソン初日の1 (9/1)
斬撃のレギンレイヴ・ファーストインプレッション (2/13)
戦う司書と世界の力 (1/27)
さあ、検索を始めよう…キーワードは「エル プサイ コンガリィ」 おいるか子てめぇ! (1/25)
罪と罰2のプレイ記の3 (11/8)
罪と罰2のプレイ記の2 (11/4)
罪と罰2のプレイ記の1.5 (10/31)
罪と罰2のプレイ記の1 (10/30)
フラゲ失敗 (10/29)
宇宙の後継者の細かい話 (10/26)
社長が訊く『罪と罰 宇宙の後継者』 (10/22)
レビューの書き方 (10/22)
罪と罰2(宇宙の後継者)体験版レポ (10/19)
【アニメ】原作原理主義者による戦う司書1話 (10/5)
久々に日記の日記。つうかmixiに書くようになってから全く日記かいてないね!別にいいけど。平日昼間からこんなの書いてるのはどうでもよくないけど! (9/27)
五右衛門ロック感想@シナリオ部分 (9/9)
Wiiスポーツリゾート・ファーストインプレッション (7/5)
東のエデン11話の感想と連想 (6/23)
東のエデン10話時点の感想など (6/16)
【ネタバレそのもの】グレンラガン螺巌篇簡易感想 (5/13)
【ネタバレなし】劇場版グレンラガン螺巌篇簡易感想 (5/13)
エウレカ劇場版みたよの好意的でない感想文(ネタバレ回避しきれてないかも。努力はした) (5/10)
ソードアートオンライン(ネタバレありっぽい気味)書評ver0.1 (4/16)
バルドスカイ1周目終了 (4/10)
オラタンさん遅いな・・・ (4/8)
自己紹介の2 (3/4)
なんで検索トップきてんのw (3/4)

新着トラックバック/コメント





アーカイブ
2005年 (81)
3月 (4)
4月 (4)
5月 (2)
6月 (11)
7月 (17)
8月 (10)
9月 (10)
10月 (10)
11月 (7)
12月 (6)
2006年 (86)
1月 (13)
2月 (8)
3月 (10)
4月 (9)
5月 (5)
6月 (10)
7月 (14)
8月 (4)
9月 (3)
10月 (2)
11月 (3)
12月 (5)
2007年 (19)
1月 (2)
2月 (1)
3月 (1)
6月 (4)
7月 (3)
8月 (6)
11月 (1)
12月 (1)
2008年 (18)
2月 (2)
3月 (5)
4月 (5)
11月 (2)
12月 (4)
2009年 (28)
1月 (2)
2月 (3)
3月 (2)
4月 (3)
5月 (3)
6月 (2)
7月 (1)
9月 (2)
10月 (8)
11月 (2)
2010年 (6)
1月 (2)
2月 (1)
9月 (3)


アクセスカウンタ
今日:174
昨日:124
累計:459,851


RSS/なブログ/ブログ無料開設

2010年09月10日(Fri)▲ページの先頭へ
今敏追悼マラソン初日の3

■パプリカ
原作がどうのこうのは、とりあえずすっぱり忘れて
単品のみで話をする。

今回見た3作品(パーフェクトブルー・千年女優・パプリカ)の中で一番面白かった。
単純な感想文書きたくなるくらい。ここでは書かないけど。

妄想代理人と同じく、オチに現実的な解決を求めない。
いかに妄想が現実を侵食しようと、あくまでそれに現実的な説明はない。
「狂気は狂気として独立に存在し、現実のうちに含まれるものではない」
みたいな哲学を感じる。
形式としては投げっぱなしジャーマンなんだけれど、
しかし説明を放棄しやがってこのやろうわけわかんねえよ!
とはならない。
そのワケの分からなさをエンターテイメントとして成立させている。
妄想が現実を侵食する、という理不尽を説得し納得させてくれる。
それはストーリー構成であったり、絵の力であったり、音の力であったりする。
ある程度は「コレは現実である」「コレは妄想である」という記号やルールや常識がある。
そしてそのルールや常識が、知らぬ間に破られている。
現実の侵食だ。

とにかく、
 ・「夢や空想や妄想」と「現実」との境目を曖昧にして、
 ・ 醒めない夢だとか単純に悪夢のこわさ、不安定さを利用する。
単純にこういう状況って面白くね?
ってのを純粋に突き詰めた感じ。
その一つの正解、完成形とも言えよう

話はばっちりハッピーエンドだし、
主人公かっけーし、
最初は林原に違和感あったけどそれでもやっぱり凄さを再認させられたし、
平沢進どんぴしゃだし、
今敏作品をどれか見るならこれ、かなあ
・変な話に耐性あるならパプリカ
・ないなら東京ゴッドファーザーズ
だと思う。

2010年09月03日(Fri)▲ページの先頭へ
今敏追悼マラソン初日の2

つづき。
…やっぱあの後続けて書くべきだったw
だらだらー

■千年女優

前提のところで
 ・「夢や空想や妄想」と「現実」との境目を曖昧にして、
 ・ 醒めない夢だとか単純に悪夢のこわさ、不安定さを利用する。
と書いたけど、
千年女優は後者のタイプの使い方はまったくされてなくて
もっと純粋に明るく楽しい感じ。

隠居したかつての国民級女優にインタビューにいく、っていう話で、
ようするに"ドキュメンタリー制作のドキュメンタリー"なんだけど
アニメなので当然その女優は実在しないわけで、
「一体僕らは何を見させられているんだ?」
「なにこれタイタニック?インタビューはわかったけどおはなしはいつ始まるの?」
とか思ってしまう。
そしたらインタビューそのものが本編でしたとさ。
そのせいで感情移入はおろか、なんだかよく分からない感で前半がすぎてしまう。
インタビュー内容であるところの悲恋だかなんだかを楽しめるかどうか、はこの映画を楽しめるかどうかに直結する気がする。

インタビューと現実と妄想とが入り乱れる感じは確かに今敏で面白い。
細かく説明する気はあんまりないし、どうせどこかで語られてるだろうので省略。
切れ目なく次々と現実と空想と空想を場面転換し繋げていき、流れるような展開をするものの
リズムと引き換えに手応えが無くなっててちょっとあっさりしすぎな感じも。

とはいえそのあっさりのマイナスの面も単にマイナスなわけではなくて、
よく練られた出来のいいストーリーをメインに据えるため、他の要素の味付けを薄めたのではないかと思う。
ストーリーは他の作品に比べよく造られてる。
出演作品の回想、を連続してストーリーを仕立て、さらにラストでは出てきたものをうまく組み合わせてクライマックスを作っている。
まるで長年続いた良く出来た少年漫画のような。

つってもまあストーリーのうまさを楽しむ作品でもないので
結構面白いけど特に押さえておく必要もないかな、みたいな。


余談
予告の大嘘っぷりは逆に笑った
映画のセリフで会話するのがハトよめかと思った
ED曲カラオケ入れてみたら初見殺しだったけど楽しい

2010年09月01日(Wed)▲ページの先頭へ
今敏追悼マラソン初日の1

半日無駄遣いして、パーフェクトブルー・千年女優・パプリカ見てきた。
これであと見てないのは東京ゴッドファーザーズだけだー
まあいくつかは初見じゃなかったけど

とりあえず年代順に雑感。
一応見てない人向けに書くつもり


■前提
今敏の監督した作品全般には一定の傾向がある。
端的に言えば、
 ・「夢や空想や妄想」と「現実」との境目を曖昧にして、
 ・ 醒めない夢だとか単純に悪夢のこわさ、不安定さを利用する。
といったところ。
現実と夢の入れ子構造でひたすらに話をややこしくすることも可能だが(*1)、
そこの難解さをメインにするのではなく、
それを使って観客を混乱させ不安にさせる方が目的としてはデカそう。

また、確かに話やあらすじは分かりづらく難解になるのだが、
現実と夢を区別しなければ時系列の流れ自体は単純であるし、
そういった外面的なストーリーではなく、
キャラクターの内面にフォーカスを合わせてカットが進行するため、
観客が置いてけぼりになることもない。

妄想や狂気を派手に扱っているわりに、その中心ではすごくまともで正常なものを描こうとしている。
狂気を描くためにはまず正常が無くてはならず、そして常にその2者を比べて進み、
最終的にはどれも概ねハッピーエンド=正気の勝利で終わる。

演出面ではカットのつなぎだとか、BGMの使い方に特徴ありそうだけれど、
そこまで特色のあるわけでもない。と思う。深くチェックしてないので直感。
むしろ先に挙げた部分をいかに表現するか、が結果的に演出の特色になっているのかも。


■パーフェクトブルー
デビュー作。
あらすじなどはwikipediaが上手く書かれていたのでそちら(*2)参照。ネタバレもないし。

あちこちに撒き散らかされてる平沢進ネタについては省略。
3箇所くらい?

“今敏作品”を見るつもりで見始めると、ちょータルい。
90分のうち50分くらいが前置きと思いねえ
僕は芸能界の事情だとか芸能人だとかアイドルだとかに興味ないけど、逆にそう言うのが好きな人はタルくないはず。

他の作品と比べて、ミステリとかサスペンスの構文を強く意識してる。
むしろそういう作品を、今のテイストで練ってる感じ。
妄想代理人やパプリカが現実のみでの説明や解決を放棄している(というか妄想ありきの作品だけど)のに対し、
パーフェクトブルーは全てのネタが現実のなかでつじつまがあっている。
そういう意味でもミステリやサスペンス。
しかしそれは今の持ち味とは食い違うのではないか?
正常と狂気の対比だけではなく、そしてその混在や同一視こそが今の持ち味と考える。
そういう場面もあるのだが、最終的に明確な回答が出されてしまうし、進行中にも現実と妄想を区別させようとする。
「あんまり混同させると観客がついてこられなくなる」というバイアスがあったのかもしれない。


■千年女優

…と思ったけど十分長文なので分割ー




(*1)
というか現実と夢とか、そういう題材を扱うと自然にあらすじを複雑にする方向に行ってしまうのではないかと思う。
たとえばインセプションは逆にそういう複雑さを主軸に置いた作品だったし。とはいえ、アレもその難解なあらすじを分かりやすくしようとしていたし、個人的には分かりやすくなっていたと思う。

(*2)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC


2009年09月09日(Wed)▲ページの先頭へ
五右衛門ロック感想@シナリオ部分

感想、っていうと読書感想文を連想するから使いたくないんだけど
レビューってのも違う気がするんだよなあ

さて。
SFセミナーっていうかなり変なルートで存在を知ったわけだけども、
五右衛門ロックがどうこう以前に、新感線の存在自体をそのSFセミナーの中島かずきの講演で知った。
それからほとんど情報に触れずに映画館に足を運んだので、
「グレンラガンで感じた中島かずきのやり口の面白さ」だけが僕の持つ事前情報であり、それを期待していた。
で、それはもちろん存在した。
それ以外にも色々たくさん言いたいことはあるけど、たぶん僕の周りの大半の人も、新感線←中島かずき→グレンラガンのうちだとグレンくらいしか話が分からないだろうから、まずそこから話をはじめてみよう。
俳優も歌手も全然知らないよーな二次元オタク故・・・

とは言っても、既に見た人を想定した書き方になっちゃうと思う。
一応ネタバレを消極的には回避していくつもりだけど。


五右衛門ロックでは中島かずきは【作】にクレジットされている。
3人の名前がトップに並んでいて、それぞれ肩書きが演出・作・作詞となっている。
つーことで、中島かずきの担当であるストーリーとか脚本とかの部分に注目して鑑賞した。・・・観劇って言う方が正しいかな?

見てる最中に最も強く感じた事は、キャラ付けのなされたキャラクター全員を一切放り出さないこと。
しかもその上後味良く締めくくられて、悪くならざるを得ないところはコミカルさやけれんみ(それは演出の手腕なのかもしれないけど)でカバーしてある。
ボノー・シュザク夫妻の物語の締め方とか、あっぱれマークを付けざるを得ない
二度と顔を見せるでない!って言われてまさかその二人だけが舞台に残ってメインになるとは思わないじゃない!
そのままフェードアウトして終わりだと思ったよ。
ちょっと悪いモノに憑かれた小市民の小悪党っていう落としどころも、それ以外考えられないほどジャストフィットしてるし。
上手いなあ・・・
細かいところでは、クガイが居なくなったと知るや即座に寝返った名も無き一兵士、とかね。
直後ではあるけど、ちゃんと元上司に斬られて死んでるのもいい落としどころ。

放り出していないだけじゃなくて、有ってしかるべき選択肢を逃げないっていうのもグレンで見た方針の一つだった。
さっきの一兵卒の裏切りもそう。クガイが本当に恐怖政治をしていたって事の裏付けでもあり、ちょっと忘れかけてたその設定を改めて立ち上がらせてクガイのキャラ付けの補強としてる。
「恐怖政治してたってことは、開放されたときには裏切りは有ってしかるべきだよね。」
っていう。
そんな細かいシーンでなくても、お竜とインガの初顔合わせとかもそう。
五右衛門がそこにいるにもかかわらず、疑ってかかる。
そりゃそうだ、キャラ付け的にも、素直に信じるよりも僕らにとって納得がいく。
でもあんまりメジャーな手法とは思えない。
メジャーでない、というよりはマジョリティでない、というのが正しいか。
話のテンポとして、そこで一旦疑うよりも、すんなり流したほうがテンションを維持しやすいのかもしれない。
だけど、あえてココでこれを間に挟むやり方の方が僕は好きだ。
こういう、あり得る選択肢をきっちり見せることで、キャラクターがちゃんと考えてるっていう印象を与えることが出来る。
こういう地続きの論理をやっておくことで、飛躍した論理が観客に飛躍としてうけとめてもらえる。
最初から飛躍しっぱなしじゃそれが地続きなのか飛躍なのかが雰囲気で読み取るしか無くなってしまう。
あるいは、論理の飛躍をギャグにすることも出来る。
他にも挙げたいシーンはいくらでもあるけど省略。

む。
今気づいたけど、グレンラガンではこれらの方針が具体的にどうだったのか、を話してないな・・・
ま、いっか。

てゆか、中島かずきの分だけで結構な分量になっちまった
まだこれから演出面で語りたいことあるんだけどなあ・・・
先にサマーウォーズ感想の方をあげてからまた書く気があったら続きにチャレンジしよう。
おしまい。

2009年07月05日(Sun)▲ページの先頭へ
Wiiスポーツリゾート・ファーストインプレッション

まず、モーションプラスを認識した瞬間にカーソルの動きが変わって軽く感動。
別売でウリにするだけのことはある

今まで、ウィーリモコンには加速度センサーしかついてなかった。
どういうことかというと、止まってる時にどういう状態なのかを認識できなくて、
動いてる間だけ、どっちに動いてるかが分かるっていうシロモノだった。
今回モーションプラスによって、
動いていようと止まっていようと、角度や向きまで認識できるようになった。
これがどういうことになるかというと、
人間の関節は動く方向と動かない方向があるので、リモコンを正しい向きにしようとすると、自然とポーズが限られる。
今までのリモコンは、動く方向さえあっていれば実際にラケットを振る動きをしてもしなくても同じ結果が入力されたんだけど、
モーションプラスによって、やりたい動きを正確にやろうとすると、実際にリアルでラケットを振るのと似たような動きが必要になる。
卓球はちょっとまだ怪しげだったけど、フリスビーはほんとそれっぽい。

まだ全部のモードどころか全部のゲームすら遊んでない、というか1時間くらいしかさわってないんだけど、
しかしこれ楽しいわ。なんでダーツないんだろ・・・
アーチェリーとかぶるからかなあ?・・・まあ、Wiiリモコンとダーツじゃ大きさが違いすぎるかw
遊覧飛行も◎
リモコンをつまむみたいにして、飛行機のおもちゃで遊ぶ感じで操作するんだけど
ヨーイングだけでは思い通りに動かせないつくりになっていて、子供だましじゃない。

モーションプラス込みで5000円切るってのもすげえ。
迷ってる人、Wiiスポーツを楽しめた人は買って損はない。
モーションプラスのテクノロジに触れるためだけでもかなり価値がある。

2009年06月23日(Tue)▲ページの先頭へ
東のエデン11話の感想と連想

■感想
前回考えてたことはだいたい正解だったのかな
もっと早く気づけという話もあるがw

滝沢は結局カウンターでしか動いて無くて、
何を持ってゲームクリアなのかなーとか前回言ったけど。
そうかそうか、まだこれプロローグだったのねw
これから物語がはじまる、とw

滝沢は今回の一連の事件を通して、答えを見つけたわけだな。
曖昧な言い方しかされてないけど、たとえば、
エネルギーの使い道のわからないやつらに、道を示すこと?
前回の記事で、
>ニートたちを立ち直らせた上で、その新しい日本の王様に
って書いたけど、そうじゃなくて
立ち直らせるために王様に、だったね。

しかしあんな曖昧なのでジュイスに受理してもらえるとはねw
実際にぎゃふんと言わせるようなセンスしてるわけで、
どういう形かわからないけど、物理的に王様にされそうな気がするんだけどもw

まあ・・・しかたない、劇場版は見に行こうじゃないか!

■連想
損な役回りを引き受けること、っておまえテンゾーかよwwww
タイミングよすぎwwwwww
でもまあ実際、ニュアンスとしてはトーリや佐山のやってることに近い気はするね
文字通り王様という意味ではヨシナオ王がぴったり同じかもしれんけどw

最初から劇場版を予定に入れてた、とは聞いてたけど
こういう形とは想定外だったわ・・・
この形式、東のエデンが初って事はないと思うんだけど・・・他になにがあったのかな
雰囲気としては、
『だらよ』がやった、続編という形式を作中に持ち込むこと、を連想してしまう。
それとはだいぶ違うって事もわかってはいるんだけどね・・・
物語構造は全くメタじゃないし。
劇場版2作が終わった時点でもしもそうなっていたら笑えるなあ
劇場版をやること自体が、物語にとって意味を持つ、ってこと。

全然関係ないけど、川上の話題ついでに連想すると
矛盾都市TOKYOを連想するのは必然だね^^
それでも君は応援してくれるだろうか・・・ってこんなだっけ、うろ覚え\(^o^)/

2009年05月13日(Wed)▲ページの先頭へ
【ネタバレそのもの】グレンラガン螺巌篇簡易感想

ネタバレしまくりなので隔離

"【ネタバレそのもの】グレンラガン螺巌篇簡易感想"...の続きを読む


【ネタバレなし】劇場版グレンラガン螺巌篇簡易感想

不満点はほぼなし。
信者が、テレビシリーズ終わったけどもっとみたい、っていう願望を叶えるものが劇場版だとすれば、まさにその役目に十全だったと思う。
ぶっちゃけTVシリーズ全話みたほうがおもしろいけれど、しかしどの回よりも今回の劇場版のがおもしろかった。

入っていてほしいシーンやカットはほぼ網羅されていたし、
入っていなかったシーンも納得のできる改変がされていた。

変えてほしかったところもほぼ変わっていたし、
向こうが変えたかったと思しきところも、TV版より洗練されていた。

全体的にテレビ版よりも理屈の割合が増えた感あり。
割合じゃなくて絶対量かもしれんけど。
30分の枠内でやりくりしなくてもいいから、
テンションを最優先したシーンを練り直した、ってところだろうか?

BGMの使い方にいたく感心したのだけど、
よくよく考えたら僕いままで劇場版のBGMの使い方なんて考えたことなかったので、
グレンに限った話ではないのかもしれない。
というかTVシリーズでもあまり考えたことなかったな・・・
見せ場全部違う曲というか、
作中に何度も大きな見せ場はあるのに、それぞれ違う曲がかかるというか。
僕だったら、我慢できずに一番強い曲を複数回使っちゃうかもしれない。
ラストのクライマックスにトップギアを持ってくるためにタメや波を作ることを、長い長い2時間をこえる全体を通して考えてるんだなあってのを実感できて楽しかった。

でもBGMについては、TVシリーズで同じ曲が何度も使われていた、っていう根拠のない記憶に基づいて感動していたので
それがウソだったら何の意味もないなあ

2009年05月10日(Sun)▲ページの先頭へ
エウレカ劇場版みたよの好意的でない感想文(ネタバレ回避しきれてないかも。努力はした)

今日の夕方に見てきた。
じっくり考えればいろいろストーリーも組み立てられるんだろうし、
あるいはもう何回か見れば分かることもあるんだろうと思う。
だがしかし、とりあえず直感的な感想をぶちまけておく。
今後ちゃんと整理して考え直すかどうかはわかんね

イメージとかシーンとかテーマが先行しすぎていて、その組み合わせ、組み立て、表現とかのもろもろが後付けでおいてけぼりなんじゃないか?
描きたいシーン、表現したいテーマが第一であって、そこに至るまでのストーリーの過程や、心理変化の描写や、ましてや答えさえもおざなりにしてやいまいか。
いくつか例をあげる。
・ゲッコーステイトのメンツのストーリーの着地点はあれでいいのか?とってつけたようなハッピーエンドもさることながら、そもそもそのオチを選んだ時点でレントンとエウレカの物語から剥離してしまっている。お互いのテーマが全く関係していない。違うテーマだと言うことが悪いと言っているんじゃなくて、ストーリー上すごく密接なのに、テーマが全然影響し合っていない。結果的に、終わった時点で完全に浮いてしまっている。観客はどうしたってレントンのテーマをメインに見るから、ゲッコーステイト側のテーマに異物感をもってしまうのではないか。
・ストーリー的にも、ハップの離反とか意味わかんねーし。テーマとか見せ場を優先するためにストーリーを曲げているようにさえ感じる。
・8年待ったんだよ!とか軍でひどい実験されたんだよ!とか言われても困る。というか、口で説明して行動で表明する、ってパターンが多すぎる。心理面の変化の大半がセリフですまされてる。尺を詰めるために最小限ですませたかったのかもしれないが、だったらむしろテーマを減らすべきなんじゃないのか。
ある程度はアニメを前提として見れば補完できるところもあるが、パラレルワールド的な事をしているとはいえそれですますのはどうかと。アニメで描かれたのと同じ心理変化だから省略してもいいよね!っていうような。

さらに全体として、理屈や理論で組み立てすぎていて、没頭できない。僕の嗜好の問題かもしれないが、テンションが足りないせいで、没頭できない。
あらすじ自体は良くできていておもしろい話だった。それは理屈や論理でしっかり組み立てた結果だと思える。
が、メインであるはずの心理変化(あるいは成長)の部分といえば。それがどんなものなのかを突き詰め煮詰めて、延々と考えて、結局それを直接ことばとしてセリフにしてしまっている。
ごく個人的な趣味を言わせてもらえば、セリフなんて不足するくらいで良い。映像作品なんだから足りない分を絵で補ってくれればいいし、アニメなんだから作画で補ってくれればいい。音だって使えるんだし。とういか本来セリフとかでくっきりと表現すべきは伏線を張る部分であって、回収する部分はむしろ勢いというかテンションの成分が多い方が説得力あるはずだ。そして、エウレカ劇場版はことごとくテンションに欠ける。

あるいはそれらは狙ったものなのかもしれない。
重要なのはキャラクターやストーリーではなく、イメージやテーマそのものなのかもしれない。
つまり、キャラクターに感情移入するのではなく、監督に共感するのが正しい楽しみ方だっていうような。
でも、だったらそれって物語でやる必要あるの?ましてや一度完結した作品の劇場版でやるべきものなの?押井のイノセンスなの?
もうそれは映画とかじゃなくて、芸術のレベルだ。
最初からそういってくれればそう見るし、ていうか映画じゃなくて絵とか彫刻とかでやってくれ。

結局のところ、単純に詰め込みすぎってことなのかもしれない。テーマやテーマの切り口やモチーフやシーンや設定やストーリーや。それが虹がいっぱいってことだったりして。
ノアの方舟、人魚姫、ピーターパン、FSS(違う)
平行宇宙、量子論
定期的に出てくる板野サーカスなどなど
まあ・・・いいんだけどさ。というか凝った設定はむしろ嫌いじゃないんだけどもね。
でもこの映画を見て何を感じたらいいのかさっぱりわからない。
中心に一本筋があるわけじゃなくて、多くの筋のあつまりになっている。
それ自身は悪いことじゃないが、それらを見渡せる視点も用意されてないので、感想をもちづらい。
記憶に残らない気がするなあ・・・

2009年04月16日(Thu)▲ページの先頭へ
ソードアートオンライン(ネタバレありっぽい気味)書評ver0.1

■1

まず最初に。
僕は、アクセルワールドには好意的であることを明記しておく。

というわけでつまり、SAOには否定的だったりする。
web上の90%以上が、SAOを褒めている。
本当にSAOはそんなにおもしろいか!?
頼むから君らちゃんとしてくれ!

SSとしてwebで連載されていた、というのが原因でもあるだろうが、
どうにも僕には、泥縄的に「おもしろそうだ」と思った物を連ねて出来ている様に思えてならない。
具体的に言えば、『リアル鬼ごっこ』などと同じ構造かと。
日本語レベルでおかしいところがあるという事ではない。
あるいはそのレベルでしかリアル鬼ごっこを批判できないのなら、それは問題である。

リアル鬼ごっこが”ドラマや映画やワイドショーなどを楽しむ層”にとって受け入れられたのと同様に、
SAOは”我々”に受け入れられやすい作品だということ。
SAOを面白く感じた、というのはかなり脳が自動化してしまっている。

読者に面白さを感じさせ、納得させるためには、
作品に説得力を持たせることが肝心だ、とする。
作者は説得力によって読者を納得させねばならない。
その説得力の持たせ方は何通りも存在するが、
僕は大きく分けて2つだと考えている。
・論理(必然性)
・テンション
詳しい話は別の機会にするとして、簡単に言うと、
多少無茶な論理でも、読者を十分なテンションにできれば感動させられるし、
アツい展開であることを納得させる十分な論理があれば、それはアツい展開として説得力を持つ。
SAOにはそのどちらも、ない。
存在するのは、
「世間的にアツいと認識されている状況」
だけである。
そういった状況を数多く、テンポよく詰め込んだ作品だ、というのが僕の評価である。
それぞれのシーンの必然性のなさ、説得力のなさを、数で補っている感さえある。
詰め込むことを優先しているというか。

それでも手の込んだ設定があれば
SFやファンタジーとして楽しめたかもしれない。
が、それはさておく。


■2

具体的な話に入ろう。
細かなところは後回しにして、大枠から見ていく。
まず、全体をまとめているテーマからしてぶれている。
そのテーマとは、「偽物の体験でも、経験は本物である」だと僕は考える。
キリトとアスナの愛(照れたら負けだ)は特にそれを象徴する要素といえよう。
そしてSAOは、キリトとアスナの話である。
このテーマには、いくつかのシーンで具体的に触れられる。
最初は、釣りイベント終了後のアスナのセリフにて。「アインクラッドでの一日」と、「現実世界での一日」の価値は等しいのだと。
ラスト付近でも、愛は現実世界に戻っても失われる物ではないと。
このテーマは正直僕も共感するところに大きい。
しかし、このテーマは話全体としてぶれてしまっている。
このテーマを語るには、「ネット上の経験は偽物である」という前提が必要だ。
けれども、アインクラッドでは「偽物の死=現実の死」である。
24時間ログアウトできないということは、「偽物の生活=現実の生活」である。
あきらかにこのテーマを展開するにふさわしくない世界だ。
面白い要素をただ詰め込んだがゆえの崩壊だと考えるが、どうか。

次に。
主人公の変化、成長があるんだかないんだかわからない。
というか、主人公が安定しない。まあそれはおいておくとして、
キリトについて一番分からないのは、「俺の命は君のものだ(略)」の発言。
これって、普通は、俺が君に償いきれない負い目を感じるときに出る言葉だよね?
このシーンってべつにそうじゃないよね?
何が何だかわからない。
重要な、良いシーンであるだけになおさら気になる。
どうでもいいシーンのどうでもいいセリフだったらどうでもいいんだけど。
雰囲気優先で内容軽視してないか?

主人公についてはさらに、心境を時間を追って考えるとこんな感じのはずだ。
1.つらいけど、他人を見捨ててでも自分のために行動する
2.やっぱり仲間で楽しくカジュアルプレイするのもいいかも
3.目の前で全滅されて後味悪いお(´・ω・`)もうソロでいいよ
4.でもやっぱり一人は寂しい・・・
といったところでアスナの押しかけ女房。ってかんじのはず。
1の心理描写は、クラインとの決別によって描かれる。
しかしクライン関連の伏線は全く活かされていない。
黒猫団の話が出てくるまで、1〜3の心境変化は全部クライン関連だと思っていた。
だってさいしょにいきなり、この選択を2年後悔し続ける、とか思わせぶりな伏線はられたらそう思うじゃない。
でもそのすっげー目立つ伏線はほぼ無視。
クラインとの仲が悪くなったわけでもなし。
現在、人を避けている直接の原因でも無し。
どーなってんの

不必要にページくってる伏線や設定は他にもいくらでもある。
挙げ出すときりがないが、たとえば軍の設定は本当に必要なのか?
いや、設定はあってもいいけど。でも話に登場させる必然性は?
まるっと取っ払っても問題ないよね?

アスナの警護兵のクラディールが暗殺ギルドに言及するけど、
そのPKギルドの話もいらないよね?
ていうかクラディール自体いらないよね?
ステータス異常や回復アイテムの存在と、キリトとアスナの関係の決定打、PKのルール説明
などが入ってるけど、なんだかなあ。

そもそも血盟騎士団の設定が意味不明すぎる。
ラスボスのパーソナリティを示すほぼ唯一にして最大の要素だというのに、
内実も不明、他のギルドもろくに登場しないので特徴も不明。
構成員もちぐはぐバラバラで、なんでこんな設定にしたのか全ての必然性がわからない。

大手ギルド、PK、PKギルド、精鋭ギルド、ユニークスキル、などなど、MMOプレーヤーの中二的あこがれ要素を使いたかったのはわかるが、ただ詰め込めばいいってもんじゃないだろう。
しかも無駄が多いし。
詰め込むテクニックが作家の腕ってのは間違ってると思わないか?
僕は思う。
そういうこと。

2009年04月10日(Fri)▲ページの先頭へ
バルドスカイ1周目終了

しかしなんでレインがトゥルーじゃないんだよ。
怒るでしかし
レインが強キャラすぎるせいで、他のヒロインのために2周目を始める気にならない。
話的には2周目以降見たいけども。

主人公が記憶喪失なんだけど、
自然に思い出すがままに任せるばかりで、
喪失した間にどうだったのかを想像し推測しようとしないのがイライラする。
率直に言ってその点に関して頭悪い。
でもまあそれも主人公の人物像+事情を鑑みれば納得できるレベルだし、
エンディングも許容範囲だったのでよしとする。
ストーリー70点くらいか。レインに免じて甘めに付けてみる。
安易に、途中でエンディングに逃げなかったのも加点要素。
満足できる最低限の伏線回収はしてくれた。

1周目で全てを解決されない、のはエロゲの根本的な欠陥だよなー
全てを解決した上でレインを選ぶべき。
SSや同人で補完しろってか?
そんなに待てねー

SF市民かつ物理屋としては、専門用語のつくりのあまさは気になってしまう。
たとえば特異点なんてのは電磁気や微分の初等レベルだし、
分かったふりをしてテキトーに使われると・・・まあ、いいけど。
雰囲気を出すために使われた単語が、本来の意味とマッチしていないことが分かってしまうので、雰囲気が壊れてしまうというか。
分かってしまわなければ、雰囲気作りに効果的に働くのかも知れないけれど。

戦闘はいつものバルド。
つってもバルドシリーズほとんどやったことないけどw
ばるどばれねことバルドフォースだけ。
もーだいぶ昔なので記憶もあいまいで、ほぼ新作状態だった。
コンボを考えて入力練習するのはやっぱり楽しい。
戦闘自体は特に困るところもなし。
ラスボスが51秒で死んだのは拍子抜けたけどw
今やったら30秒くらいで終わると思うわw
そのときのSS
AAABBBCC+必殺、だけどショボい技大杉で、
MAX Damageもやっと2000越えるくらいw
ネットで情報調べてないから、今の最大ダメージがどんなもんかわかんねーけど。

フォースに困ることもなし。
戦闘でフォースを獲得し、武器を購入する。
その辺のシステムも良くできてたと思う。
・・・過去作からこんなだっけ?

とりあえず最後に言いたいことは、
粘着トラップのシーンもっと長くすべき

2009年02月17日(Tue)▲ページの先頭へ
授業で書いたけどせっかくだからうp。「しあわせの理由」要約

書名:『しあわせの理由』
著者名:グレッグ・イーガン
出版社:早川書房
2003年7月31日 初版
ISBN:4-15-011451-X

 グレッグ・イーガンによる、日本語訳された2つめの短編集。イーガンは、科学によって形作られるあるルールをもうけ、それを軸に展開する話を書くことが多い。その上で、ギミックの面白さ、テーマの興味深さ、話の展開の巧みさ全てを評価されている作家。この短編集に入っている作品も、全てイーガンらしい面白さに充ち満ちている。
 イーガンの面白さというのは、具体的に単語で表されるタイプのものではなく、ある統一された雰囲気の様なものと言える。この短編集も、全体としてアイデンティティというテーマを持っているとは言われるものの、収録作品全てが同じテーマというわけではない。だが、1冊の本として、何かしらまとまった雰囲気を持っている。細かく話を解説するわけではないが、その雰囲気が伝わればと思う。

・適切な愛
 夫が列車事故で致命傷を負う。もう体はぼろぼろで使い物にならない。だがしかし、現在の科学力をもってすれば、新しい体を用意することで夫は助かるという。それに喜ぶ主人公だったが、条件が1つあると聞かされる。「新しい体のできるまで、自分の子宮で、夫の脳を2年間保存すること。」
 そんな狂気じみた提案が、社会的には法律の淡々とした手続きによって肯定されているという事実。そして主人公はその狂気を、理性でもって乗り越えようと決意し、手術を受け入れる。
 果たして主人公は、理性でもって、狂気と本能を押さえつけるのだが、その先に待つのは理性のうちに存在していた狂気であった。

・闇の中へ
 町の中心に原因不明の"特異点"が発生する事件が多発するようになっている世界。その周辺に発生するワームホールに取り残された人々を救う救急隊員が主人公。救助というのは、ワームホール内では特殊な法則によって自由な身動きが妨げられるためだ。その中では、常に"出口方向"への運動しか許されない。
 さらにワームホールにはもう一つルールがある。出口はある確率に従って消滅し、中にいた人はそこに取り残される。高まる消滅率に追われながら救助を急ぐ主人公。死が確率で与えられるときに、他者の命はその確率と天秤にかけられるものなのか。そもそも確率で命が失われる恐怖とはいかなるものなのか。

・愛撫
 通報を受けて捜査していた主人公は、怪しげな家の地下室でキメラを見つける。キメラというのは人間と豹をくっつけて作られた怪物で、首から上が豹になっている女性だった。捜査を続けるうちに、ある絵画にヒントを見つける。事件を追ううちに、キメラを生み出した張本人に近づくのだが・・・
 ドラッグによって思考を強化する主人公。豹であり人間であるキメラ。そして黒幕。アイデンティティが3人をつなぐキーワードではあるものの、そこに焦点がしぼられているわけではなく、ミステリーやサスペンス色の強い短編。タイトルの意味は、終わり方は、主人公の変化は。分かりづらいところも大きいが、読後感はやはりイーガンらしい作品。

・道徳的ウイルス学者
 筋金入りの童貞をこじらせたマッドサイエンティストが、世にはびこる貞操観念の低い奴らを痛い目にあわせようと画策する話。あらすじについては、それ以上語る言葉を持たない。落ちもまたすばらしく、滑稽さにおいて比類無き出来である。この作品を読んで笑える程度には、純粋さを失うべきだと思う。
 また、この作品は疑似科学のパロディーとしての側面も持っている。主人公は、自分の作り出したオリジナルの理論に心酔するし、ダーウィンの進化論を否定して見せたりもする。そういった疑似科学の信奉者を笑い飛ばす作品でもある。

・移相夢
 脳を、有機体からコンピュータへと移し替える事が可能になっている未来。主人公は、その移し替えを決意し、そのサービスを行っている会社へと赴く。そこで、移相夢という存在について聞かされる。移相夢とは、データの移し替えのまさにそのときに、移し替えの最中のデータが脳の一部分を再現してしまうことによって引き起こされる、夢のような物だという。移相夢を巡る主人公の思考。価値観。コピーが完了した後に、移相夢を思い返すことはあるのか。移相夢を見ている存在とは一体何なのか。「脳が意識を持つとはどういうことか」「意識とは何なのか」というテーマの切り口として、考えさせられることの多い、また、強い印象の残る世にも奇妙な物語。

・チェルノブイリの聖母
 SFというよりはミステリな作品。探偵である主人公は、ある実業家から小さなイコン(聖画像)を探し出して欲しいと言われる。18世紀にウクライナで描かれたというその聖母マリア像を追うのだが、追えば追うほど謎は深まるばかり。あり得ないほどの高値がついていたり、そもそも盗まれる事自体がおかしいような代物のはずだ。捜査方法に多少SFなガジェットはあったが、基本的にこの作品はミステリである。クライマックスにおいて、依頼主がこのイコンを欲しがる理由は、過去に依頼主本人に降りかかったある事件が原因であると知れる。過去に縛られる男にまつわる話。

・ボーダー・ガード
 イーガン節炸裂と言われる作品。遠い未来、宇宙に拡散した人類は、遠大な寿命を手にしていた。この話には2つの大きな軸があり、まず1つめは量子サッカー。量子力学の知識があるとないとでは理解しやすさに差が出るのだが、ボールがフィールド全体に確率で偏在する波動であるとし、ゴールの中に存在する確率をある程度高めたら点が入るというルール。量子サッカーを見るだけでも十分におもしろい。
 もう1つが、主人公が量子サッカーをを通じて出会う女性の話。ずば抜けて量子サッカーのうまい彼女について、しかし誰も正体を知らない。彼女のもつ秘密とは何なのか。超科学を手にしたことで変化したもの、変化しなかったものについて考えさせられる。

・血を分けた姉妹
 一卵性双生児というのは、全く同じDNAをもっている。だからといって同じ人生を歩むわけでは当然無いし、同じ時に死ぬのでもない。だがしかし、もし世界中に、DNAを区別して感染するウイルスが蔓延したとしたら?そのとき私たち双子はいったいどんな事態に陥るのだろうか?
 さらにこの作品はもう一つ大きな問題提起をする。科学はどこまで人道的であるべきだろうか。そして科学の非人道な面にたいして主人公はどんな行動をとるのか。

・しあわせの理由
 表題作。少年時代に、脳に出来た腫瘍によって、幸福感をもたらす脳内物質がだだもれになってしまう。常にどんなときでも幸福で前向きな状態で居続ける事になってしまっていたのだが、このままでは腫瘍のせいで成人するまで生きていられないかもしれない事が発覚する。そこで手術によって腫瘍を取り除くのだが、副作用によって今度は逆に幸福をもたらす脳の機能が全て停止してしまう。苦痛のみしか感じられない人生に疲れ果てるのだが、ある解決策によって希望を見つける。
 感情とは、人格とは。表題作になるだけあって、テーマ性の強い作品。

2008年12月08日(Mon)▲ページの先頭へ
闘神都市3のアンケートにこんなの送ったよ(激烈ネタバレ)

あー1週間もかかっちゃったよ。
もっと早くクリアしてFallout3やるつもりだったのにな・・・

というわけでクリア後アンケート送ってきた。
せっかく書いたしとりあえずまんまコピペするけど、もろにガチネタバレなんでクリアしてからみてね!
って知り合いにクリアしてるやつイネェ!
みんなもっとプレイしろよ!

"闘神都市3のアンケートにこんなの送ったよ(激烈ネタバレ)"...の続きを読む


2006年02月02日(Thu)▲ページの先頭へ
戦う司書と恋する爆弾・感想文・書評?とりあえず、作者がすげー本が(物語が)好きだって事は分った。あとね、webに上げるレビューってのはあらすじ紹介じゃいけないと思うんだよ。読んだ人向けの感想文でもいけないと思うんだよ。でも結論は投げっぱ

これは、良い。
純粋に、良い。

世界を感じる。
空気を感じる。
意志を感じる。
感情を感じる。
人間を感じる。
歴史を感じる。
生命を感じる。

読書を、感じる。

僕はずっと、登場人物が少なければ少ないほど秀逸な物語である、と思っていた。
多人数にいろんなことをさせるより、登場人物一人一人に多くの役割を担わせ、もっと深く絡ませた方が良いものなんだろうと半ば盲目的に根拠無く思っていた。
でもね。
この作品は、全てのキャラが人生を持っている。
特にそういう描写が多いわけでもない。ラノベの平均よりは多少厚いかも知れないが、300ページも無い本で、そこまで描写していたらなにも入らなくなるだろう。
描写が多いと言うことではない。
たった半ページ、あえて言えばたった一文であっても、そこにそのキャラの居場所を作ることが出来る。
凄いことだと思う。
ずっと続いてきたシリーズの一場面と比べてなんら遜色のない存在感がある。
そう、
存在感だ。
ここには確固たる世界がある。
ずっと続いてきたシリーズなんてもんじゃない。
世界の始まりからずっと続いてきた時間がある。
時間の始まりからずっと続いてきた世界がある。
キャラが、ト書きが、セリフが、文体が。
文体までもが、世界に属している。
そしてまた、それぞれが世界を持っている。
全ては一つの世界を構成する要素であり、そしてまた要素それぞれが内に世界を擁している。
たとえ三毛ボンであろうとも、許容しうる世界だ。って読んでないとわかんないがw 読んでなくて分るようにも書けるがあえてしない。

乾燥した主人公の棲む乾燥した世界は、乾燥した文章で描かれるべきだ。
一冊丸々貫き通されている世界に存分に浸ろうではないか?
さあ、読め
読むんだ貴様等
読めったら




悪魔のミカタが好きならこれも好きなんじゃないかなあ
いや、話的にもキャラ的にも文の質も別物だけど。

んでまあ、続編はまだ読んでない。
もうおそらく今巻の主人公は次巻での出番はほぼ無いだろうが、
今回の事件は重大な事件であったが、世界にとってたった一つの事件に過ぎない。
この事件が起こるためにある世界ではない感じ。
最近の他の作品には無い感じ。素晴らしい。
しかしそれは読み終わった後にしか感じない。
読んでるときは事件が物語であり世界。

AllYouNeedIsKillといい、スーパーダッシュ文庫は狙いがシャープで悪くないね。
現代魔法?ああうん、そうだね。はいはいくまくま


んじゃ、タイトルでぐぐって他人のレビューでも読んできま。
僕なんか手放しで褒めまくってるしね。
難癖つけるとしたらエピローグがほんの少し冗長かなあと思えなくもないが、この一文は蛇足だと自分でも思うので見なかったことにしておいてください。

2005年12月12日(Mon)▲ページの先頭へ
終わりのクロニクル6感想文。ああ、月曜締め切りのレポートが・・・これ提出したら怒られるだろうな・・・

おわくろ7巻出ちゃったね。しかたない。書くか。


6巻の感想。

http://kjm.kir.jp/pc/?p=8312.jpg

――――――――――――――――――――――――――――――――

でまあ、まだ7巻読んでる途中なんだけど・・・これやばいね。ネタとかネタ以外とか。
聞いたら腹を上に向けて一晩中笑ってられそうなネタがいろいろあったり、なかったりするけど、否定する貴様等には教えてやんねークソして寝ろ

それはいいんだ。6巻。
まず言うべきは一つ。既に2週間以上前からここで言うと決めている一言があるわけでとっとと書けよと自分に言いつつ数週間書かなかったわけだがようやく言える。ってまあ、日記に書かなかっただけで言いまくってたんだけどいいかげん前置きが長くなってきてうざいね。
良い感じで読む人がいなくなったと期待してじゃあ書くか。
これは間違いなく、この巻を読むために今までおわクロを読んできたんだと実感したね。

まあまだ7巻読み始めたとこなのがあれだけどさ、今までの不満点や3巻で一度読むのを止めたことや、薦めた誰もにつまんねーと言われたこととか、もうどうでもよくなったね。
今こう書くまでそのこと忘れてたくらいだし、6巻の威力は高かった。

誰がなんと言おうと、これはラノベだ。
厚さが何だと?ラノベの定義は薄いことだったのか?
もしその一事を持ってしてラノベであることを否定するのなら、それは僕の読んでいるものとは違うものなんだろう。
とはいうものの、ここでラノベの定義するつもりはない。
じゃあ何を言うつもりなのかって、格好良かったのだ。

ここで"なのか"がカタカナで変換一発目に登場して萎えた。がしかし無理矢理再燃して書くと、
展開のアツさだとか、伏線の回収だとか、ましてや厚さだとか、今回そういう事を書くつもりはない。
ストーリーのぶんまわしっぷりはかなり心地良いものだったが、あえてラノベに固執するとすればそこは重要なポイントではない。展開が気に入らないという理由で読むのをやめた、もしくは否定した人は僕の知る限りいないし、つまりそこをレビューしても読んでない人(TDK面子だけじゃないのであしからず)に対して何ら意味のあるものにならないだろうからだ。
なぜなら、そんな展開があるなら読むかー、という反応をするタイプの人間はそもそも物語を評価するときにストーリーを1番に置かないということをしないだろうよ。
面白い展開があるかも知れないけど空気が肌に合わないから読むの止める、とかゆーので果たして面白い物語に出会えるものか。時間?ああそう、無いね。
ああ、道から逸れているな。あとこれの何倍か書きたいこと有るけど省くか・・・
ラノベ、というか面白いラノベの条件の一番に、空気が軽いことを挙げるのならば、それならばどうぞご自由に。
おわクロが空気重いと言うつもりは毛頭無いし、重いだなんて思わないけれど。

思いの外愚痴が長くなってしまったのでフォロー。
読むと溜るストレスは読まなければ解消されるが、共有できない事によるストレスは、ストレスを感じる状況を自律的に解除できないので解消されないね。

格好良かった。
まず過去話が格好良かった。いや、話の順番で行けば1st-G戦か。
1G戦はすごいぞー なんてったって高速スクロール面だ。明らかに今までの戦闘描写より腕が上がってる感じがする。腕が上がってるというのはちと傲慢に過ぎるか。タイプが変わったと言うべきか。変わったですら不的確で、変えた、が正しいという可能性も色濃く存在するが。
なんつーか、今までは、自分の持てる表現全てを駆使して描ききってやろうって感じだったのが、自分の表現枠限界を無視して・・・ってあれ?これTOKYOスタイル?
だったら余計に否定される要素なんだろうかw まあいいけどw
まあそんな書評もどきだとか分析もどきはどうでも良くて、感想文。
PS2のコントラの高速スクロール面を思い出した。っていくつかあるか。えっと、雪山面。
それでわかんない人は・・・あー・・・エウレカ?・・・違くね?w
むしろSTGのボスステージか。あ、いや、ガンスタのスクロール面か?
ホーミングレーザー、つーかレイフォースよけたところに高速弾狙い撃ちとか、わかってるねわかってるね!僕はわかってるよ?って感じだ。んで次のターン爆風と破片で壁ってちょ、おまそれしゃがみナパーム?と思ったが言わない。
久々にラノベでスピード感とか味わったよー・・・こんど、ラノベ全般についてもなんか書こうかしら

それはそれとして、いつも通りであった点は特に書かない事にすると決めてあったので次ぎは何の話をしようかねえ。
ぶろんそん的断末魔を現代風にアレンジしたりだとかはまあ、いつもの事の範疇だったりするし、やっぱ6巻は格好良かったっていう感想文でいいか。
クサナギの仕掛けや描写も良かったが省略。すごーい剣てのももはやかなり考え尽くされてるわけで、すごーい剣を表現するには剣の描写だけじゃ足りないんだなあと思う一方ででもこの部分だけでも割と満足していたりして。

んであと格好良かったのは過去話。下巻の頭だね。
ここを読んだ瞬間に、これを読むために今までこのシリーズを読んでいたんだ・・・!という実感を得た。
世界の崩壊という究極なタイムリミットの中で、世界、それも全ての世界の中で最高の最強の連中が、全てを賭けて、自らの全てを賭けて、それでなお生き残ることを疑いもせず、かといって死ぬことを恐れるでもなく、仲間を信じ敵を信じ、最良の結末を得るために、全力の結果が最良であることを願い闘った過去を。
僕は、というか読者は、だが、5巻までに明かされた、彼らの背負っていたものの重みを知っている。信念を知っている。
そしてまた、生き残った者たちが現在どうあるのかを知っている。死んだ連中が何を遺したのか知っている。
何を得、何を失ったのか。
次の世代に何を託したのか。前の世代から何を託されたのか。
序盤から散々語られてきた空白期の話がようやくラス前の巻になって出てきたわけだが、つまらないものでなくて本当に良かった。
それどころか、想像をはるかに上回るどころか、想像の上限を設定しなおすことになりそうだ。
Sfの存在だとか、唯の思いだとか竜徹の立ち位置だとか。
ただ伏線回収の一言で済ませるにはあまりに熱く、そしてその一言すらも蛇足であるほどに格好良かった。

あ、赤カブに水やるの忘れた・・・腐ったなこれは・・・どうしてこう、ピンポイントでマリカー発売するんだろうね?狙ってるね?

会議は・・・まあ、いいね?もう随分長くなってしまったし、だいたいもう逆転裁判ネタはちと古い感もあるね?
ああでも、覚悟ネタは古くないねw

あと、タイトルの付け方もいつも通り。
省略。

ああいかんいかん、斜め読みのつもりが読みふけってしまっているw
だいたいの話の順番を思い出すためにぱらぱらめくっていたはずが、なぜかだんだんページめくるペースが遅く・・・(´Д`;)
んで、6巻のラストバトルか。
出雲と爺さんのバトルとか、(´;゚;ж;゚;):'.;゛,`;って感じだったよね。
文字が力を持つ、っていう能力があって、剣にそれが宿ってるんだけど、
"形"っていう文字を街に打ち込んだら、百人町が百人形になって道路や建物が変形ロボ。
だとかビルにICBMって撃ち込んだら飛んでったりね。
でもまあ、その辺はこの場で言っても詮無いよねー・・・書いたけど、まあ放置で。

飛場は無視

いや、格好良かったけどねw
命刻戦は・・・7巻読んでからにしようか。
どうもね、最初の構想とのずれのせいで命刻関連は描写が足りないと思うのだよー
7巻でされるぽい臭いは感じたけど、この時点ではねー・・・
むしろ言うなら、この時点ですら、になるかね。



つーことで満足。
6巻に、だけじゃなくて6巻を含めた1上〜6下に満足。
6巻の評価は、それまでに発刊されたシリーズ全てと併せて為されるべきものだと判断致します。

2005年11月21日(Mon)▲ページの先頭へ
『AYAKASHI−アヤカシ−』の感想+いつもの日記日記。

http://www.trialoftheisle.com/jp/

なんか、仰々しいムービーがいっぱいあるね・・・
まあ、新規が増えることは良いことだ。

もし廃プレイすることになったら一声かけてくだちい。ギルドに誘拐するんでw

――――――――――――――――――――――――――――――――

アヤカシ。
概ね全て終わった。
ゆえに感想。

結論から言って、別にやらなくても良い。
楽しめたし、人に勧めるだけの価値はあると思う。だが、足りない。
これは18禁を名乗るもので、その上で物語りたり得ようとするならラノベより対象年齢が高いことを自覚すべきだ。高校生は読まないものなんだから。
「あんたが言えた義理?」
うっせー黙れ

絵も良いと言えよう。音楽も・・・音楽のことはよく分らないが、違和感のあるものではなかった。演出など他の類を見ないほどであるし、物語の組み立てなどには率直に言って感心した。あとエロいねMC属性持ちの漏れにとってアンインスコしがたいほど!
概ねの分野において及第点を超える、だろう。
だが総点としてはいまいち。

キャラ、特に主人公の薄さかな。
物語の組み立て方や語り方はかなりのレベルでまとまっているというのに、土台が小さいものだからその上にどれだけしっかりくみ上げたとしても総体はどうしても小さく、もしくは細長くならざるを得ない。
心理描写に説得力が無いのだろうか。それとも単に量が少ないのだろうか。
基本的に固定された1人称でしか語れない事は弱点ではあるが、それが理由だろうか?
行動の動機付けや感情の描写や日常と極限状態の差の少なさや本気であることを感じられないことや。
それらの、足りないと感じる部分と、思わず感嘆の声を上げてしまうほどの構成のうまさのギャップは相当の違和感がある。先に挙げた弱点が理由だとするなら、こういう所謂アドベンチャーゲーム形式での執筆経験が少なかったから、だろうか?

だから、ひわいさんの仰せられるとおり、日常パートはおもろいのに戦闘がなー戦闘メインなのになー、ということになる。
まあ、日常パートがどこのことを指すのか判然としないが、故に僕にとってはそういう感想が有るわけではないが、問題の中心にベクトルを向けた意見だと思う。
プレイすることを止めはしない。だがもはや積極的にすすめはしない。プレイ当初は幾人かにすすめたが。
アヤカシは別にやらなくても良い。つまり↓



総評:次回作はプレイしよう。

――――――――――――――――――――――――――――――――

挙動がおかしいから一度再インスコしようとおもって、そうしたら、日本語フォントを読まなくなってしまった。

でももう直りそう、だが土日にイン出来なかった・・・
その隙にRatEに吸血鬼くわれたみたいだし・・・


立ち上がれとまどうことなく、と行きたいところだがオラタンやらんといかんしなー・・・
それでも今までより時間を取るようにしよう。人がいないから早い時間にインしない、では意味がない。意味を持たせるなら積極的に動くべきだが・・・
ああ、
ここで迷うのが悪いんだよね・・・でもこれは変わった部分じゃなくて昔から変わってない部分だろうな・・・むかつくことに。

EQ2。

2005年03月26日(Sat)▲ページの先頭へ
ゼロの使い魔・1巻終了時の感想

あうあああああああああああああああああああ
もったいないいいいいいいいいいいいいいいいい


まず、どっかのレビューを見ておおーと思う。
本屋で背を見て、あ、ヤマグチノボルじゃん、と思う。
で、読みはじめて、
古き良き(っていうとなんか偉そうだが、新しいものを否定しているわけもなく、最近の多数派が持ってない良さって意味くらい)もののにおいがむっちゃした。

でもねええええええええええ
薄いいいいいいいいいページ数って意味じゃないよおおおおおおおおお

ライトノベルってんだからこれくらいの方がむしろふさわしいのか?僕が変なもの読み過ぎなのか?
あっ軽い小説にもほどが・・・

もったいないいいいいいいい
まだ、1巻しか読んでないから各種設定、伏線にどんな意味があるのかわからないけど、それにしたって
主人公の特殊能力とかさ、もっと、こう・・・どうよ?

まあいいや、言おう。
全く一切これっぽっちも頭脳戦はおろか考えた結果と思える行動が無い。
そらまあ、やたら込み入ったこれミステリ作家が書いたんじゃない?ってようなレベルを期待してるわけじゃないよ?それをやったら軽さが無くなってライトじゃなくなってくるし、だから西尾維新はラノベって自分で言わないんじゃないのとかはまあ
ヨタ話で。

主人公が安易に、負けないめげない挫けないを実戦して、んでイヤボーンに近いって、それパターンすぎじゃない?
禁書目録でもそうだった気がするし、他にも。
せっかく面白く出来そうな題材なのに、これでいいのか?満足か?って内容だった。

でも、2巻以降ももちろん読むけど。

ちょっと対象年齢低すぎる。
MF文庫Jがどこを狙ってきてるのかさっぱりわからない。
最近ではくじあんとかのノベライズやったとこね。

せっかく、超常の力の存在する世界に来た地球人なのだから、その無能さ、無力さを持ったままで切り抜ける場面を増やして欲しかった。
頭脳戦とまでは言わないから。形だけでもいいから。
主人公の開眼をもっとラストまでひっぱるとかさあ・・・

というわけで、僕のような人(概ね知り合い全部)にとって非常に「残る」作品であることでしょー。
魔法学校の召喚術試験で、異世界に召喚されてしまった少年のお話。