今敏追悼マラソン初日の3
■パプリカ
原作がどうのこうのは、とりあえずすっぱり忘れて
単品のみで話をする。
今回見た3作品(パーフェクトブルー・千年女優・パプリカ)の中で一番面白かった。
単純な感想文書きたくなるくらい。ここでは書かないけど。
妄想代理人と同じく、オチに現実的な解決を求めない。
いかに妄想が現実を侵食しようと、あくまでそれに現実的な説明はない。
「狂気は狂気として独立に存在し、現実のうちに含まれるものではない」
みたいな哲学を感じる。
形式としては投げっぱなしジャーマンなんだけれど、
しかし説明を放棄しやがってこのやろうわけわかんねえよ!
とはならない。
そのワケの分からなさをエンターテイメントとして成立させている。
妄想が現実を侵食する、という理不尽を説得し納得させてくれる。
それはストーリー構成であったり、絵の力であったり、音の力であったりする。
ある程度は「コレは現実である」「コレは妄想である」という記号やルールや常識がある。
そしてそのルールや常識が、知らぬ間に破られている。
現実の侵食だ。
とにかく、
・「夢や空想や妄想」と「現実」との境目を曖昧にして、
・ 醒めない夢だとか単純に悪夢のこわさ、不安定さを利用する。
単純にこういう状況って面白くね?
ってのを純粋に突き詰めた感じ。
その一つの正解、完成形とも言えよう
話はばっちりハッピーエンドだし、
主人公かっけーし、
最初は林原に違和感あったけどそれでもやっぱり凄さを再認させられたし、
平沢進どんぴしゃだし、
今敏作品をどれか見るならこれ、かなあ
・変な話に耐性あるならパプリカ
・ないなら東京ゴッドファーザーズ
だと思う。
今敏追悼マラソン初日の2
つづき。
…やっぱあの後続けて書くべきだったw
だらだらー
■千年女優
前提のところで
・「夢や空想や妄想」と「現実」との境目を曖昧にして、
・ 醒めない夢だとか単純に悪夢のこわさ、不安定さを利用する。
と書いたけど、
千年女優は後者のタイプの使い方はまったくされてなくて
もっと純粋に明るく楽しい感じ。
隠居したかつての国民級女優にインタビューにいく、っていう話で、
ようするに"ドキュメンタリー制作のドキュメンタリー"なんだけど
アニメなので当然その女優は実在しないわけで、
「一体僕らは何を見させられているんだ?」
「なにこれタイタニック?インタビューはわかったけどおはなしはいつ始まるの?」
とか思ってしまう。
そしたらインタビューそのものが本編でしたとさ。
そのせいで感情移入はおろか、なんだかよく分からない感で前半がすぎてしまう。
インタビュー内容であるところの悲恋だかなんだかを楽しめるかどうか、はこの映画を楽しめるかどうかに直結する気がする。
インタビューと現実と妄想とが入り乱れる感じは確かに今敏で面白い。
細かく説明する気はあんまりないし、どうせどこかで語られてるだろうので省略。
切れ目なく次々と現実と空想と空想を場面転換し繋げていき、流れるような展開をするものの
リズムと引き換えに手応えが無くなっててちょっとあっさりしすぎな感じも。
とはいえそのあっさりのマイナスの面も単にマイナスなわけではなくて、
よく練られた出来のいいストーリーをメインに据えるため、他の要素の味付けを薄めたのではないかと思う。
ストーリーは他の作品に比べよく造られてる。
出演作品の回想、を連続してストーリーを仕立て、さらにラストでは出てきたものをうまく組み合わせてクライマックスを作っている。
まるで長年続いた良く出来た少年漫画のような。
つってもまあストーリーのうまさを楽しむ作品でもないので
結構面白いけど特に押さえておく必要もないかな、みたいな。
余談
予告の大嘘っぷりは逆に笑った
映画のセリフで会話するのがハトよめかと思った
ED曲カラオケ入れてみたら初見殺しだったけど楽しい
今敏追悼マラソン初日の1
半日無駄遣いして、パーフェクトブルー・千年女優・パプリカ見てきた。
これであと見てないのは東京ゴッドファーザーズだけだー
まあいくつかは初見じゃなかったけど
とりあえず年代順に雑感。
一応見てない人向けに書くつもり
■前提
今敏の監督した作品全般には一定の傾向がある。
端的に言えば、
・「夢や空想や妄想」と「現実」との境目を曖昧にして、
・ 醒めない夢だとか単純に悪夢のこわさ、不安定さを利用する。
といったところ。
現実と夢の入れ子構造でひたすらに話をややこしくすることも可能だが(*1)、
そこの難解さをメインにするのではなく、
それを使って観客を混乱させ不安にさせる方が目的としてはデカそう。
また、確かに話やあらすじは分かりづらく難解になるのだが、
現実と夢を区別しなければ時系列の流れ自体は単純であるし、
そういった外面的なストーリーではなく、
キャラクターの内面にフォーカスを合わせてカットが進行するため、
観客が置いてけぼりになることもない。
妄想や狂気を派手に扱っているわりに、その中心ではすごくまともで正常なものを描こうとしている。
狂気を描くためにはまず正常が無くてはならず、そして常にその2者を比べて進み、
最終的にはどれも概ねハッピーエンド=正気の勝利で終わる。
演出面ではカットのつなぎだとか、BGMの使い方に特徴ありそうだけれど、
そこまで特色のあるわけでもない。と思う。深くチェックしてないので直感。
むしろ先に挙げた部分をいかに表現するか、が結果的に演出の特色になっているのかも。
■パーフェクトブルー
デビュー作。
あらすじなどはwikipediaが上手く書かれていたのでそちら(*2)参照。ネタバレもないし。
あちこちに撒き散らかされてる平沢進ネタについては省略。
3箇所くらい?
“今敏作品”を見るつもりで見始めると、ちょータルい。
90分のうち50分くらいが前置きと思いねえ
僕は芸能界の事情だとか芸能人だとかアイドルだとかに興味ないけど、逆にそう言うのが好きな人はタルくないはず。
他の作品と比べて、ミステリとかサスペンスの構文を強く意識してる。
むしろそういう作品を、今のテイストで練ってる感じ。
妄想代理人やパプリカが現実のみでの説明や解決を放棄している(というか妄想ありきの作品だけど)のに対し、
パーフェクトブルーは全てのネタが現実のなかでつじつまがあっている。
そういう意味でもミステリやサスペンス。
しかしそれは今の持ち味とは食い違うのではないか?
正常と狂気の対比だけではなく、そしてその混在や同一視こそが今の持ち味と考える。
そういう場面もあるのだが、最終的に明確な回答が出されてしまうし、進行中にも現実と妄想を区別させようとする。
「あんまり混同させると観客がついてこられなくなる」というバイアスがあったのかもしれない。
■千年女優
…と思ったけど十分長文なので分割ー
(*1)
というか現実と夢とか、そういう題材を扱うと自然にあらすじを複雑にする方向に行ってしまうのではないかと思う。
たとえばインセプションは逆にそういう複雑さを主軸に置いた作品だったし。とはいえ、アレもその難解なあらすじを分かりやすくしようとしていたし、個人的には分かりやすくなっていたと思う。
(*2)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC